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パイナップル、台湾人の元彼イヌ、傷

パイナップルが好きだ。いつからかわからないけれど、旅行先の朝食がビュッフェ形式だったりして、しかもフルーツコーナーにパイナップルがあったりすると、銀色のトングでがつがつ皿に盛り付けてしまう。

家で食べるときはもっぱらカットパインを買っていた。小さなパックに入ったアレだ。

でもスーパーで買い物をしていたとき、ふとホールパインの方が得なことに気づいて1つ買ってみた。うまかった。それ以来、機会がある度にホールパインを買っている。

パイナップルは追熟しない。追熟というのは、バナナのように、買ってしばらく放置しておくと甘味が増すというあの現象を指す。でも、パイナップルはそうあらない(騎士団長風)。常温で放置しておくと酸味が抜ける分甘味が増すようだが、大した差ではないだろう。だから、うまいパイナップルを食べる為には、購入時にいかにうまいパイナップルかどうかを見極めることが重要となる。

一般的には、色がやや黄色がかっていて、お尻から甘い香りがするものが良品らしい。私はそこまでパイナップルの「甘さ」にはこだわらないので割に適当に選んでいるけれど、この一説をひとつのガイドラインとして頭の隅には置いている。そして、今のところはずれはほとんどない。

恋人を選ぶときにもこんなシンプルなガイドラインがあったらな、と思った。いや、きっとあるのだろう。真面目に働き、清潔感があり、誠実であれば良品、といったようなものが。そのガイドラインに沿えば最低限はずれはない、といったようなものが。けれど誰しもそこに満足はしない。パイナップルの甘さにはこだわらない私であってもだ。

留学先で台湾人の彼氏ができて、暫く付き合ったことがある。名前はイヌ。イヌは自国のフルーツの美味しさをよく語っていた。というか、フルーツ以外の食べ物についても、いかに国の料理がうまいかをよく語っていた。台湾人って自国の食べ物についてすごく誇りを持っている気がする。私自身は台湾の食べ物ってまちまちだと思っているので(いかんせん甘いし脂っぽい)、両手を挙げて彼に賛同はできなかったのだけれど、パイナップルだけはたしかに彼の国の方がうまそうだと感じた。

ホールパインを買うのに今まで躊躇していた理由はひとつしかない。切るのが面倒だからだ。パイナップルというのは果肉のみで考えるとずいぶんシンプルな果物だ。なにせ種がない。ミカンのような筋もない。けれど、いかんせん皮とヘタがゴージャスすぎる。何をもってそんなに刺々しい外観を保っているのかとつくづく思うけれど理由はわからない。もしかしたらパイナップル自身だって「もっと飾らずありのままで生きたいんだけどなァ」なんて思っているかもしれない。100%自分の外見に満足している人間が存在しないように。

インターネットで「パイナップル 切り方」なんて検索してみたら意外と簡単で拍子抜けした。ヘタを抜き取る。半分に包丁を入れる。芯を切り取る。メロンのように皮と身を外す。以上。適当にカットした身をタッパーに保存して、いつでも好きなときに食べられる。

切り方は簡単でもまだその作業に慣れ切っていないものだから、1度誤って指を切ってしまった。大した傷でもないので気にせずそのままパイナップルを切り終えたけれど、いくつかの果肉には血の赤色が滲んでいた。私は気にせず口に放り込んで、その甘味を味わった。これは実際すごく甘いパイナップルだった。

ふとイヌのことを思い出す。彼と別れたときは相当荒れた。短い付き合いだったけれど、その間に色んなことがあった。思えば恋人と破局したことだって、片思いの人とうまくいかなかったことだって経験としてあったのに、純粋な「失恋」を経験したのはあのときが初めてだったような気がする。はじめての外国人の恋人だったからかもしれない。彼の国へ行って、一緒にパイナップルを食べるチャンスはもう2度と来ないのだ。

指からはいまだ血が流れていた。痛い。まあまあ痛い。けれどそのうちに傷が固まることを私は知っている。そして、血なんてこうも甘い。どうってことない。黄金のシンプルな果肉を咀嚼しながら私はそう思う。