私がバイセクシャルだった頃、風俗嬢の可愛い彼女

少し前まで、私は正真正銘のバイセクシャルだった。何が正真正銘なのかと聞かれたら困るけれど、なんというか、割と対等な割合で男も女も愛していた。もしかしたら少し女に偏っていたかもしれない。

今の私はどうか? ほぼヘテロだ。魅力的な女性と出会ったら恋に落ちてしまうかもしれないから、「完全にヘテロ」とは言い切れない(バイが嫌われやすいのはこういうところだろうな)。けれど、一般的に女性のパートナーと出会うのは男性のそれを見つけるより努力を要するし、そう考えると腰が重くなってしまう。昔はもっと貪欲だった。いろんな女の子に出会いたかったし、そのための労力を惜しまなかった。だから今の私は「ほぼヘテロ」というわけだ。

 

そんな私がエネルギーに満ち満ちていた21歳のとき、しばらく1人の女の子と付き合っていた。彼女は2つ上の23歳で、いわゆるギャルで、風俗嬢だった。

彼女はとても容姿に恵まれていた。顔は可愛かったし、細身で胸はHカップ。表情が豊かで、多少の感情の起伏はあったがそれを素直に表現する術を知っていて、誰とでも打ち解けられる雰囲気を持っていた。基本的には明るく朗らかだったが、生い立ちがやや複雑だったせいか、人の闇を「うんうん」と受容できる底の深さみたいなものもあった。

思い返せば私は、精神的にも肉体的にも彼女に散々甘えていたと思う。彼女も私に依存していたところがあって、私が異常な頻度で彼女に連絡をしても、すべてそれに応えた。

そして、私の貪欲な性的好奇心にも応えてみせた。ネットカフェで、新幹線のデッキで、そういう「不適切」な場所で私が彼女の下着に手を差し入れても、彼女はそれを甘んじて受け入れた。声を出さないように、眉間に皺寄せて。その苦悶に近い表情を、私は今でもよく覚えている。

彼女の体は丹精な人形のように美しかった。大きな胸、引き締まったウエスト、形のいいヒップにすらっと伸びた足、白く滑らかな肌。そして小さく上品なヴァギナ。

この体を何十人の(何百人かもしれない)男が見たのだろう、そして抱いたのだろう。私は彼女が風俗嬢として働くことに一切の不満を持たなかった。彼女としてはそれがやや不服だったようだ。けれど彼女は自身の仕事に少なからず誇りをもっていたし、私も彼女が風俗嬢として働いていることは至極まっとうに思えた。彼女の体は特A級のものだし、彼女は人に快感を与える術を知っている。私はいつもタチだったから、彼女に体を預けたことはない。けれど、たまに彼女からキスされると、気持ちよくて腰が砕けそうになった。

男達がそれなりの金額を払って手に入れるこの体を、私は簡単に手に入れてしまえる。いつだって、どこでだって。その事実に目眩がするほどの優越感と興奮を覚えた。その豊満な胸に好きなだけ顔を埋め、ヴァギナを両指で開いて眺め、クリトリスを舐めた。

 彼女が在籍している風俗店のホームページを見たことがある。彼女は必死に隠していたようだけれど、私は彼女の源氏名を知っていたし、働いている地区も知っていた。インターネットで店を突き止めるのは容易いことだった。

そこには彼女の写真が3枚と、簡単なプロフィール、店からのコメントが添えられていた。彼女はそこでは私と同い年の21歳で、前職はカフェのウェイトレスということになっていた。私の予想通り、彼女は人気嬢だった。3枚の写真の中で、彼女はそれぞれ自身の体を魅力的に見せるポーズを取って微笑んでいた。その強調された胸は、ヒップは、私が触れていたものだ。けれど、そこでは彼女は「彼女」ではなかった。私はしみじみと彼女が「商品」であることを悟った。私は彼女にホームページを見たことは言わなかった。

私達の関係は、彼女の言葉をもって突然に終わりを迎えた。春のことだった。彼女は具体的に別れたい理由を述べなかったけれど、私は驚かなかった。いまや私達の間には、それまで関係を維持させてきた、好奇心と興奮が溶け消えてしまっていた。それは炭酸が抜けてぬるくなったコーラのような関係だった。だから彼女の申し出をすんなり受け入れることはできた。彼女は恋人関係を解消しても友達でいようと主張した。私はなんと返していいかわからず、結局そのままになってしまった。

それから随分と時が経った。彼女が当時在籍していた店のホームページを検索してみる。彼女は相変わらずそこにいた。3枚の写真はすべて違うものに変わっていたが、相変わらず彼女の体は美しかった。「絶大な人気」と店はコメントしていた。あれから彼女は2つ年を取って、今は23歳ということになっていた。今の私の年齢は、もう彼女を上回ってしまっている。

ふと、彼女に連絡を取ってみようかという気持ちになるときがある。元気なのか、幸せなのか、そういう下らないことを聞いてみたくなる。けれど、優しい彼女がそれに答えてくれたからといって、いったい何になるだろう?

彼女が私を受け入れてくれていたときの、あの眉間の皺を思い出す。彼女は今でもああやって、人々の欲望を受け入れているのだろうか。そこには彼女の底の深さがある。前向きな諦めがある。私こそが、彼女に癒されていた客の1人だったのかもしれない。